1限からの授業が待っています。朝は海浜幕張行きの武蔵野線に乗りました。

 1限からの授業が待っています。朝は海浜幕張行きの武蔵野線に乗りました。幸い座席が確保できたので持ってきた森岡正博著+寺田にゃんこふ絵の『まんが哲学入門』(講談社現代新書)を読みました。森岡さんの主張する哲学が「誕生肯定」という言葉にも良く現れています。この本の14ページと15ページには重要なことが書いてあります。全ての人は自分が存在し始める瞬間を経験することができないと言うのです。また同じことは死の瞬間に付いても言えると断定しています。「いま死ぬ」という瞬間を経験することは誰にもできません。人間は「気が付いたら存在している」と「まだ死んでいない」との中間に存在するのです。ル・クレジオの『物質的恍惚』(新潮社)の「無限に中ぐらいのもの」を思わせるどっちつかずの存在なのですね。
 春学期の授業予定を全て確定してしまいました。やはり私に取っては講義物が重いですね。けれども来週の演劇論は「ロミオとジュリエットの映画史」を扱う予定です。木曜日の文学では「カオスの遇し方 イデオロギー装置としての物語」を語る予定でハンドアウトも多文化準備室の助手のMさんに届けてあります。7月22日の火曜日から7月25日の金曜日までは私の研究室で演劇論と文学のレポートを預かる予定です。23日の比較文化論は「フランスの近代化とオースマンのパリ改造」を巡って講義する予定です。ハンドアウトも作ってあります。ビデオも用意しているので安心しています。最後の「漱石の『明暗』を読む」は「まんがで読破」シリーズのパワーポイントのスライドも用意しているので大丈夫だろうと思っていることろです。