松岡美術館に着き「私の好きなシロカネ・アート」を観賞しました。

 午後は12時1分の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたのでドミニック・ローホーさんの『「限りなく少なく」豊かに生きる』(講談社)を読みました。第9章の「エゴ」を追放し、透明な自分になる」の中にこんな言葉が有ります。「美」とは「私」を解き放してくれるもの」「美とは、それが日光の霧降のの滝であろうと、バッハのソナタであろうと、ピナ・バウシュの振りつけであろうと、わたしたち人間の心に素晴らしいほどの癒し効果をもたらしてくれます。美との出会いによって溶け出すと、私たちは恍惚感に満たされます。それは言ってみれば茫然自失の状態です。時間、空間、場所の観念も失われ、自分の外に「あるもの」に焦点が集中し、残りはすべて消されて見えなくなるような感覚です。美とは「私」を「私」自身から取り除いてしまう力を持っているのです。」と有りました。池袋で下車して山手線内回りに乗ります。目黒で下車して都営三田線に乗ります。白金台一番出口から出ると公孫樹並木が続きます。松岡美術館に着き「私の好きなシロカネ・アート」を観賞しました。先ずは800円のチケットを買って会場に入ると「黒絵式オンカエ」が有りギリシアアッティカで作られたものだそうで、壺の表面には三人の人物が描かれていて立ち話をしているように感じました。「王像浮彫」は王様を砂岩の上に描いたもので王様は王様らしく堂々としています。「色絵白拍子像」が有り高さ54センチの女性の像で振袖を着て顔には白粉を暑く塗っていて本当の顔が分からない程でした。渋谷佳代の「紅葉狩」は白粉を付けて扇男持って和服を着ています。山岡正信の「T子の肖像」は洗練された女性を描いたもので、美しい女性です。大國音夫の「旅愁」はたびたび長期滞在した西欧の風景を描いたもので青い空の下に街が広がり、窓から眺めていることが分かるように、手前にはカーテンが有りました。角浩の「私の真夏の夜の夢」は現実には有り得ない風景を描いたもので、中央には馬に乗った王様が居て、傍らには化物が群がっています。中にはリュートを弾くものも居て音楽が聞こえてくるような気がしたものでした。雲の上には無数の人々が集まって王様を見下ろしていました。(写真は山岡正信の「T子の肖像」です。)