『漱石研究 特集『こころ』』を読んで過ごしました。

午後は大雷雨となりました。小森陽一石原千秋編『漱石研究 第6号・特集『こころ』』(翰林書房)を読んで過ごしました。蓮実重彦小森陽一石原千秋の三氏による冒頭の鼎談から読み進めていくのですが、この『こころ』という作品の訳の分からなさは解明されるどころか、むしろ大きくなるばかりです。語り手の「私」は危篤の父を捨てたまま「思い切った勢で東京行きの汽車に飛び乗ってしまった」(新潮文庫版p.167.)わけですが、その後はどこでどうしているのでしょう? 余りにも欠落や不整合が多いテクストなのです。鼎談での小森氏の発言を引用します。「あれこれ議論するほどもない、漱石の作品で言えば、大失敗作というふうに位置づけておいた方が(笑)健全なのじゃないかという気もするんです。」(上掲書p.30.)・・・小森氏はそうは言いつつ『こころ』を語りきれないもどかしさを語り続けているようです。