『漱石論 鏡あるいは夢の書法』を読み直しました。

芳川泰久氏の『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(河出書房新社)を読み直しました。国文学以外の分野の専門家が思いがけない視点から漱石を読み解くという試みも少なくありませんが、芳川氏のこの一冊もそうした試みの中でも希有な達成の一つだと思われます。とりわけ、漱石のテクストの中に温泉などを始めとする「熱い水」の系列と池などを始めとする「冷たい水」の系列との「温度差」を持った対立軸を発見したことは大変な出来事だったのだと再読しても痛感しました。なるほど漱石の作品世界のコスモロジーは見事に芳川氏の指摘する構図に従って描かれています。
汽車と果実と鼻とが三点セットで隣接すると何かが起こるという発見も驚きです。こうした隣接による「夢の書法」が『三四郎』、『虞美人草』、『行人』、『明暗』などの作品に共通して出現することを的確な引用で例証していく手際は見事と言うほかはありません。大学図書館にも置いてありますので、漱石を好きになった諸君にはぜひ一読をお勧めします。