熊倉千之先生の『漱石の変身』(筑摩書房)を読了しました。

takuzemi2009-04-28

漱石の変身』は『漱石のたくらみ』に続く著者の漱石論の第二弾です。漱石の『門』と『道草』の二作品を取り上げて、「作品」を「産む」までの若き漱石の日々が投影された作品として二作を連携させています。著者のお手並みの素晴らしさに固唾を飲むのは、『門』の冒頭での宗助の昼寝のシーンの分析です。「暖味」(あたたかみ)を初めとする象徴的なキーワード群を、小説全体の構造との往復運動の中で位置づけていく正確な読解の鋭さです。言わば漱石のテクストを詩的テクストとして捉え、テクストの中での複数のキーワード群が意味の上でも音韻の上でも響き合い反響し合う瞬間を見事に生け捕りにする「手練の一撃」の素晴らしさです。
しかも著者はミクロの部分を拡大して見ることだけで満足してはいません。同じ著者の前著『漱石のたくらみ』(筑摩書房)でも取られていた漱石作品の「数理」的構造を読み解く方法が付け加えられるのです。著者のレントゲンを照射された『門』や『道草』から、驚くような全体構造が浮かび上がってくることに読者は息を飲むことでしょう。・・・さてさて、宗助の美神・御米についての著者の読みもただごとではありませんよ。若い諸君が自ら手に取って『漱石の変身』を熟読してくれるようにお勧めしておきます。熊倉先生の『漱石のたくらみ』と『漱石の変身』の二冊は私に取って「漱石テクスト読解法−実践編」とでも言える座右の書なのです。