「明るい漱石」を信じている確信があります。

先生の漱石の読み方にはいつも「明るい漱石」を信じている揺るがぬ確信があるように思われます。漱石の作品の主人公たちはおおむね「馬鹿な男」たちですね。『虞美人草』の小野さん、『三四郎』の三四郎君、『それから』の代助、『門』の宗助・・・と挙げていくときりがありません。でも、こうした主人公たちは多少とも若き日々の漱石自身の面影が投影されているのですね。ですから、人生の本質が「分かっていない」主人公たちに対する作者の目には暖味(あたたかみ)が感じられます。過去の自分の分身をロマネスクな空間の中で動かしてみて、「馬鹿な男」が出口を探すプロセスを大人の漱石が観察したいのでしょう。そうした上で漱石は、知を、直覚を身につけろと若者たちにアドバイスしたかったのでしょうか。
先生のお話を聞いていると、いつも時間の経つのを忘れてしまいます。先生が昔、お書きになった紀要の抜き刷りや、特性版の新作や、貴重な本を頂いてしまいました。
海外でのシンポジウムを控えて準備にお忙しいはずなのに、押しかけ男の私に貴重な時間を割いていただき、本当に嬉しく思いました。夕方には先生のお宅を辞去して帰路に着きました。
先生はテクストと虚心に向き合うことの面白さと大切さとを教えてくれる私にとっては希有な先達なのです。そんな思いをほんの少しだけでも若いゼミ生の諸君に伝えていけたらと思いました。