音声認識Mailというアプリを新たに導入してみました。

 金曜日の午前中は、相棒のFさんとのランボー読書会を楽しみました。宇佐美斉先生訳の『ランボー全詩集』の脚注に書き込まれている「プロゾポペ」という一種のレトリックについておしゃべりをしてFさんと脱線しました。宇佐美先生はそれを「不在者・死者・動植物・事物にものを喋らせる一種の活喩法」と定義しています。
 死者が語るという手法は様々な作家たちが工夫を凝らしている手法です。漱石の『こころ』では「先生の遺書」という形で既に死んでしまっている先生が青年に自分の過去を語ります。大江健三郎の『取り替え子』では主人公の長江古義人の義理の兄・塙五郎が生前に吹き込んだカセットテープを通じて死者として語ります。
 私もiPhone音声認識Mailというアプリを新たに導入してみました。Dragon Dictationと同様に口頭でしゃべったデータをテキストファイルに変換してくれるアプリです。Dragon Dictationはアプリを終了するとデータが消えてしまいます。ところが音声認識Mailはアプリを終了しても、再度起動すると前回のデータが残ってるのです。箇条書きのメモを作るのに便利ですね。
 昼休みには履修者名簿に書き込んだ学生諸君の成績を少々見直しました。試験の素点だけではなく、出席点も加味して成績を出そうかというわけです。ほとんど欠席のない学生がレポートを提出していないなどのケースもあって、判断が大いに悩ましいところです。