これから作り上げなければならない未来の港であろうと思うのです。

takuzemi2012-06-24

 ジャン・グルニエの『孤島』の中に「一体どこに港があるのか?」という言葉が書き込まれているのを記憶していました。私はグルニエ自身の言葉だと思い込んでいたのですが、実際に探してみたらアルベール・カミュの『孤島』の序文の中に出てくる言葉でした。カミュの言葉はこんな風なものです。「グルニエによって描かれた旅は、想像の世界、見ることのできない世界の旅−−メルヴィルが『マーディ』のなかで、他の方法をもってあざやかに描いた、島から島への探索である。動物は享楽し、そして死ぬ。人間は驚嘆し、そして死ぬが、一体どこに港があるのか? それが、この書物全体のなかにひびきわたっている問いだ。」(p.11.-p.12.)
 港に帰ってくる船は恐らく暗い夜の海を何日も何日も掛かって通り抜けてきたのでしょう。危機的な嵐に巻き込まれたことも一度ならずもあったかも知れません。乗組員たちも疲れ果てていることでしょう。そんな打ちひしがれ憔悴しきったような状態の中での「一体どこに港があるのか?」という問い掛けなのですね。それはほとんど一つの叫びと言っても良いものなのかも知れません。そして、この港について私は思いめぐらすのです。この港はすでに現実のものとして存在している港ではあるまいと。この港は私たち一人一人が心の中にこれから作り上げなければならない未来の港であろうと思うのです。