3限の文学では漱石の『道草』について語りました。

 3限の文学では漱石の『道草』について語りました。なかなか語りづらい一冊で苦労しました。先ずは夏目漱石のロンドン体験から語り始めました。英文学の本質がどうしても掴めずにノイローゼになった漱石の出口なしの状況を語りました。
 それから『道草』の冒頭の場面を解説しました。「帽子を被らない男」と呼ばれている不気味な男(実は健三の養父島田)の出現で健三は嫌でも自分の過去を回想せずにはいられなくなるのですね。養父母の島田とお常との暮らしを回想する健三はハイデッガーが言った「不気味なもの」に取り付かれているようです。自分が存在している理由も目的も意味も分からずに、居心地の悪い状態に置かれているのです。
 そんな健三ですが、妻のお住が作中で第3子を産みます。出産との連想で考えると『吾輩は猫である』の第2回を書いている場面だと読める「予定の枚数を書き了えた時、彼は筆を投げて畳の上に倒れた。/「ああ、ああ」/彼は獣と同じような声を揚げた。」(百一)の部分は作家漱石の誕生の場面と言って良いでしょう。何しろ『吾輩は猫である』という作品を産み落としたのですから。健三が「けれども一方ではまた心の底に異様な熱塊があるという自信を持っていた」(三)ことが証されたのです。
 文学の授業の最後にレポートの提出方法について触れておきました。早めに授業を終えて研究室に戻ったら、Tさんという学生が文学の授業でレポートを打ちたいと相談に来ました。来週の文学の冒頭で15分ほど時間を取って実施することにしました。