Oさんはいつもハードケースに入れたギターを持ち歩いていました。

takuzemi2012-06-30

 学生時代のことです。Oさんという先輩がいました。Oさんは下関の出身で、私と同じアパートに住んでいた同郷の親友のI先輩に会いに良くやってきたのです。Oさんはいつも黒いハードケースに入れてギターを持ち歩いていました。私の部屋にも遊びに来て、上手なギター曲を長時間聴かせてもらったものでした。
 そのうちに私はOさんのギターの弟子になりました。安物のギターとカルカッシの教則本を買い求めたのです。お師匠のOさんが何とも教育熱心なのですね。二時間でも三時間でも私の練習に付き合ってくれるのです。私が上手に弾けない所は何度も繰り返してOさんが見本を示してくれたものでした。おかげで私は「ラグリマ(涙)」をそらで暗譜して弾けるぐらいにまでなったのでした。
 Oさんが下宿していた近所に「どんこ」という屋号の小さな食堂がありました。カウンターに5人も入ると満員になってしまうような店でした。ところが、この店の「とんかつ定食」が何とも絶品なのですね。とんかつは揚げるのではなく、ころもを付けてフライパンで加熱するという感じなのですね。Oさんに奢ってもらい、お喋りを楽しみながら、「とんかつ定食」を良く食べたものでした。思い返せば私にお金を出させたことは一度もありませんでした。そんなOさんですが数年前に病気で亡くなられました。息子さんから喪中欠礼の葉書を頂いたときの欠落感がよみがえってきました。