シャン・クレールという喫茶店が河原町荒神口にありました。

 学生時代のことです。シャン・クレール(Champs Clair)という喫茶店が京都の河原町荒神口にありました。私は友人たちと連れ立って荒神橋を渡って通ったものでした。一階がクラシック喫茶、そして二階がジャズ喫茶になっていました。コーヒー一杯で2時間から3時間も粘ったものです。店内は煙草の煙が立ちこめていました。今から考えると余り健康的な環境ではなかったと思います。
 大音量のジャズが流れているので、友人たちとの会話はほとんど成立しません。黙ってコーヒーを飲みながらジャズを聴くだけです。まるで修業僧のような雰囲気ですね。ジョン・コルトレーンの『至上の愛』や『クル・セ・ママ』を聴いたり、ガトー・バルビエリのソプラノ・サックスの泣きたくなるような節回しに感動したものです。
 今から考えるとジャズ喫茶という場所も「カッコいい」価値が保証されるトポスだったのですね。固い表情で苦行僧のように音楽を聴いていた記憶があります。ジョン・コルトレーンの良さが分かる、ガトー・バルビエリの良さが分かるということが教養があることのしるしだったのでしょう。70年代に学生をやっていた私たちはどうしても「教養主義」から抜け出すことが困難です。「学習」や「修練」というキーワードでコルトレーンやバルビエリを聴いていたのでしょうか。
 これって、かなりお馬鹿な音楽との付き合い方ですよね。自分は音楽の理解に於いてエリートだから、こんな音楽の良さが分かるのだというスノビズムが鼻持ちなりません。でも、それって若さに付き物の背伸びしたいという志向から来るものかも知れません。ジャズ喫茶の思い出を考えているうちに、色々のことを考えてしまいました。