取材の最中に著者を襲った脳梗塞の報告も語られています。

種村季弘さんの時々引っ張りだして拾い読みしたくなる二冊のエッセイがあります。『徘徊老人の夏』と『雨の日はソファで散歩』です。どちらも、ちくま文庫で入手できます。『徘徊老人の夏』の。カバーの腰巻きには「行ったきり、も悪くない。港町、縁日、プリクラ・・・楽しき徘徊趣味」とあります。この本の最後の章には「徘徊老人その後」と題された10ページほどの文章が付けられていて、金沢の町中で泉鏡花ゆかりの場所を訪ね歩く取材の最中に著者を襲った脳梗塞の報告も語られています。その続篇の『雨の日はソファで散歩』のカバーの腰巻きには「最後の自選エッセイ集 死の予感を抱きつつ綴った文章の絶妙な味わい」とあります。
 種村さんはエッセイを書きながら異界としての空間を旅していたのではないかと思うことがあります。湯河原の温泉宿を実況中継した感のある「浮世風呂世間話」に出てくる温泉も一種の異界としての空間です。記録的な猛暑だった1994年の夏を回想する「徘徊老人の夏」では種村さんは作家の中山あい子さんの消夏法を紹介しています。「日が落ちてから飲み歩いて猛暑をやり過ごす」と言うのですね。どこかに出掛けて行って酒を飲んで猛暑を過ごすという実例を永井荷風の『断腸亭日乗』から種村さんは探し出します。数行に渡って荷風の文章を引例した後で種村さんは結論づけます。「荷風も、まことにもってご立派な徘徊老人だんたわけである」と言うのですね。荷風にとっての浅草通いは小さな異界への歩み寄りだったことは言うまでもありません。