5限の3年生のゼミでは上野千鶴子さんの「記号としての身体」を輪読

takuzemi2014-01-10

*何とも寒い朝になりました。1限からのフランス語の授業が待っています。
 何とも寒い朝になりました。1限からのフランス語の授業が待っています。駅前広場に出ると余りの寒さに震え上がってしまいました。7時半には家を出て、7時42分の海浜幕張行きに乗ったのですが、幸い南浦和で座席を確保することができました。今日は結構乗客が混み合っています。本を読むでもなく、車窓からの風景を楽しむでもなく、茫洋として南越谷に着くまでの時間を過ごしてしまいました。東武線に乗り換えてから車窓から遠く富士山を見渡せることに気付きました。すっかり雪に覆われているその姿は何とも美しいものでした。
 今日のフランス語の授業は第5章の文法から入りました。比較級、曜日、最上級、比較級と最上級の特殊形、主語代名詞のon、関係代名詞のqui, que、序数形容詞と盛り沢山な内容です。余りに内容が多すぎるので適当に簡略化して説明しておきました。練習問題は私の方で解答を板書することで済ませておきました。第6章の読章に入りアンヌ・マリーとフレデリックノートルダム寺院を訪れるというエピソードを読みました。私も数年前に寺院を訪れて高みに登ってガルグーユなどを見物したことがあるのですが、当時は体重がかなり有ったのでノートルダム寺院裏手の石造りの螺旋階段を登るのが大変だったことを思い出しました。寺院の前には金色の衣装を着て物乞いをする人もいて、連れて行った学生諸君が金色の人物がお辞儀をするのに合わせてお辞儀をするのがとても滑稽な感じがしたのを今でも覚えています。ロンドン研修の時に2泊3日でパリまで足を伸ばした時のエピソードでした。

*5限の3年生のゼミでは上野千鶴子さんの「記号としての身体」を輪読する予定です。
 紀要委員会から文学部紀要担当のIさんの経由でメールを頂きました。私の論文「ルイ・アラゴンの『ブランシュまたは忘却』を再読する」では注釈を論文本文の中に書き記してしまったのですが、紀要委員会の意見では論文の末尾にまとめて注釈を付けた方が体裁が良いと考えたようです。一理はあるので作業に取り掛かりました。何とも細かな作業です。USBメモリーに入れた論文をワードで立ち上げて、Wzエディターの注釈のファイルに書き込んでいきます。1限の授業が終わってから根詰めて作業したので、何とか3時間15分ほどで注釈の部分を追加することができました。さっそく完成稿をUSBメモリーに入れて図書館まで移動しました。幸い文学部紀要担当のIさんがレフェランスに居て、すぐにメモリーのデータをコピーしてUSBを私に返してくれました。それにしてもキャンパスを横切った時の寒かったことは忘れません。間違いなく今年一番の寒さでしょうね。エレベーターでお会いした中国文学科のA先生も大きな身体を震わせながら「寒い、寒い」と仰っていました。論文が片付いたので研究室に戻ってフランス語の試験問題を2種類作っておきました。すでに試験問題は作ってあって、拡大コピーして文教大学のB4の台紙に貼り付けるだけです。
 5限の3年生のゼミでは上野千鶴子さんの「記号としての身体」を輪読する予定です。先ずは輪読のための区切りを作っておきました。上野さんの書くものは結構好きで『お一人様の老後』やエッセイなどを文庫本で読んできたものです。この人はユーモアやペーソスの感覚が分かる人物だと評価しています。