ヒロインの千代子が須永を難詰する場面も素晴らしいですね。

 大学図書館で無事に個人研究費の登録が済みました。研究室に戻ってきたのは『展望 現代の詩歌』(全11巻・明治書院)です。さっそく「短歌1」に目を通してみました。私の大好きな坪野哲久氏が二番手に出てきます。この項目は念入りに読んでやろうと思っているところです。
 たちまち文学の授業が始まってしまいました。今日は佐藤泉氏の『漱石 片付かない<近代>』(NHKライブラリー)の抜き書きを利用して作ったハンドアウトを利用しました。修善寺の大患の後で漱石が常に死を意識して作品を創作してきたことを強調しておきました。また漱石が誰より可愛がっていた五女雛子が、突然死んでしまったことも学生諸君にお話ししました。この事件は雛子を宵子と名を変えて『彼岸過迄』の中の一章に書き込まれていることもお話ししました。佐藤氏は「『彼岸過迄』は、全体の統一を欠いた、はなはだしく、まとまりの悪い作品になっている。そして、このこわれっぷりのよさが全く漱石的なのだ」と言っています。また都市空間と探偵小説の関係に付いても説明しました。都市空間とは過去の秘密を隠して静かに暮らしていける場所であり、誰もが匿名の存在であり、お互いに無関心ですね。そして都市空間は犯罪者がそしらぬ顔をして紛れ込むのに最適な場所となります。大都市の成立と探偵小説は相即不離となるのですね。最後に須永、千代子、そしてどうやら千代子の縁談の相手らしい高木が配置される「<嫉妬>の三角形」に付いてお話ししました。ヒロインの千代子が須永を難詰する場面も素晴らしいですね。須永が語り手なのに千代子の肉声が語ってしまうという構成は小説の約束事を明らかに逸脱しています。最後に『ユメ十夜』のDVDの一夜と二夜を観て授業を終えました。