「僕は、窓がひとつ欲しい。」の一行に外界への強い希求の念が感じられました。

takuzemi2014-07-21

 8時過ぎに家を出て別所沼まで散歩に出掛けました。桜並木が緑のトンネルを作っていて、遊歩道を歩くと深々と呼吸ができるような気がします。別所沼に着いてみると一番に立原道造のヒヤシンスハウスが見えてきます。立原道造の草稿「鉛筆・ネクタイ・窓」(一九三八年秋頃執筆)には「僕は、窓がひとつ欲しい。」の一行が冒頭に書かれています。外界への強い希求の念が感じられました。いつものように埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌しました。水仙の花が枯れていて悲しい思いがしました。別所沼弁財天を訪問しました。ランナーと思しき一人の女性がいきなり私を押し退けてお参りをしたので驚きました。その後でいつものように5円玉を捧げて合掌しておきました。今日も神保光太郎の詩碑を時間を掛けて眺めました。時に寄って詩句の一行の価値が変わってくるようです。今日の私に取っては「神をおもふ。」の一行が重く感じたものでした。別所沼の奥まった所に奇妙な風貌の立像が有ります。ニベーカトル・ケッツコアトルという風の神で、健康や豊作それから知恵を市民にもたらす神だと言われているらしく、メキシコ州知事・ホルヘヒメネス・カントウさんの署名付きなので信用できそうです。散歩を楽しんでいると、昔のことを思い出します。痛風の発作でいたたまれなくなって訪ねたW医院の先生に大きな声で私の病状を語られて閉口したことも有りました。神田で旧友たちと飲み過ぎて帰りのエレベーターでしたたか怪我をしたことも有りました。O接骨院では頸椎症の治療で訪れたのですが、紹介されたM整形外科クリニックでレントゲンを撮ってもらったところ、小さな白斑が見つかり頭の中が真っ白になったことも有りました。