夏休みが近付いたという実感が現実のものに感じられます。

 熊倉千之先生の『漱石のたくらみ』(筑摩書房)の抜き書きを利用して作ったハンドアウト漱石の『明暗』を読む」を使って文学の最終回を語りました。熊倉先生はテクストに現れる「二十八」にかなりの拘りを見せています。二十八歳の漱石が『草枕』に有るような「悲しみの、極みの想い」を体験したと言うのです。『明暗』の清子のように、その娘が突然に漱石に背を向けて他の男のもとへ行ってしまったと熊倉先生は推理しています。二十八歳の漱石が失恋の痛手を負った体験はテクストに現れる「二十八」の頻繁さから証明ができるようです。『明暗』には「ええ。十二時二十分よ。あなたの手術はちょうど二十八分かかったのね」という文章が現れます。『草枕』では「はい、二十八丁と申します。旦那は湯治に御越しで・・・」と言う台詞が現れます。この他にも『吾輩は猫である』の迷亭さんが寒月君の才能を二十八センチの弾丸に例える例が見出されます。ハンドアウトを読み終えてから『まんがで読破』シリーズの一冊『明暗』を利用して作ったパワーポイントのスライドを見てもらいました。小林恭二さんと井川遥さんの「地球俳句」のビデオを30分ほど楽しんでもらいました。小林恭二さんには『俳句という愉しみ−句会の醍醐味−』、『俳句という遊び−句会の空間−』そして『短歌パラダイス』(いずれも岩波新書)という名著が有るのですが、残念ながらタイトルが思い出せず断念したものでした。学生諸君に良い夏休みを送るように告げて、最終回の文学を終えました。私の研究室で演劇論と文学のレポートを受け付けるのも明日限りです。夏休みが近付いたという実感が現実のものに感じられます。(写真はカミーユピサロの「立ち話」です。)