東郷青児記念美術館損保ジャパン日本興亜美術館に訪問して「ノルマン

takuzemi2014-09-06

.20140906午前
 私の伯父は一代で財をなしたお金持ちでした。それで軽井沢と伊東に別荘を持っていたのです。軽井沢の別荘の風呂はいわゆる五右衛門風呂で年少な私には浮いている底板を踏み沈めて入るのも怖かったですね。従姉妹の静子ちゃんの友人に奥山幸子さんと言う少女が居ました。生意気な女の子で年令に合わないことを言うのですが、そこに惹かれて恋に落ちてしまったことも有りました。軽井沢の別荘では私の祖母と一緒に浅間葡萄を取ってジャムにしたのですが、二三日過ぎるとこちこちに固まってしまい、どうにも食べられなくて困ったことも有りました。
 伊東の別荘の思い出は暗いですね。羽田事件で亡くなった山崎博昭君がLL教室では私の前の席だったのです。毎週、死んだ山崎君が目の前の席に座っているような気がして、私も軟弱な人間ですから、ひどい鬱状態になってしまったのです。それで療養を兼ねて伯父の別荘に出掛けたのでした。別荘まで登る小道は急峻な山坂で登り詰めると別荘が有りました。温泉に漬かって一週間ほど過ごしたのですが、食事はどうやって取っていたのか全く分かりません。自炊をした記憶は無いので、街に降りて食堂で何かを食べていたのでしょう。山崎君の死は長い間、私を欠落感で苦しめることになりました。フランス語の授業に出るたびに、LL教室の山崎君の席が空席になっているのです。亡くなる前日に私の下宿にやって来て羽田闘争にぜひとも参加すべきだと、二時間ほども私を説得して行ったことが忘れられません。

.20140906午後
 20140906午後 午後は12時21分発の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では畏友の岩佐倫太郎君の『印象派琳派がわかれば絵画がわかれば絵画が分かる』を再読しました。新宿に着いて東郷青児記念美術館損保ジャパン日本興亜美術館に訪問して「ノルマンジィー展 近代の風のケ景画のはじまり」を観賞しました。第一室に入るとジャンルイ・フティの「嵐の中のオンフルールの灯台」が有り、その真に迫る迫る迫力に圧倒されました。ヴィトリア・マテオ・コルテスの「別れ」は白いドレスの婦人が日傘を持って表情が垢抜けしているのに好感が持てました。イギリス人は、既に18世紀の終わりに温泉療法のノルマンディーの人気が�癲まったとのことです。今回の観賞した絵画の全ては「ピクチャレスク」と言う言葉で括ることが出来ます。それは自然の中に理想的な姿を読み取ろうとする態度です。ラウル・デュフィの「ルアーブルの=クリスティーヌ・カジノ」は幼いタッチの油彩画で夢幻的な光景を描いています。夢の中に入り込んだ気分にさせられたものでした。同じ作者の「オンフルールの灯台」は画面の中央に灯台が立っている構図で、彼方には樹々が生い繁っている。平和の光景だと感じたものでした。収蔵品コーナーではホール・セザンヌの「りんごとナプキン」、フィンセント・ゴーギャンの「アリスカンの並木道、アルレ」などの何度も観たことの有る作品を観賞して楽しみました。ラウル・デュフィの「オンフルールの灯台」とヴィッキ・トリオ・マッテオ・コルテスの「別れ」が私に取って最も気に入りました。とても優劣が着けられません。二作の優れた作品に眺めて帰路に着きました。