午後は川越市立美術館を訪問して「たまものin川越 モネから草間彌生

takuzemi2015-03-14

 いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。「しつもん! ドラえもん」の質問は「くまもと編」で「熊本市は「水がおいしい」と言われているよ。水源はなにかな?」と有り、さっぱり分かりません。新聞を開いて答えを探したら、「地下水」と有り、当たり前の答えじゃないかと思いました。詳しい解説が有り「熊本市熊本市の水道の水は100%、地下水なんだよ。100本以上の井戸からくみ上げて給水しているよ。人口50万人以上の都市としては日本唯一なんだ。」と有り、大いに納得したものでした。土曜日には夏目漱石の『三四郎』の連載は有りません。換わりに「悩みのるつぼ」が楽しみです。今日の回答者は社会学者の上野千鶴子さんで、もちろん質問者は匿名です。質問者はアルコール依存症で亡くなった夫のことが忘れられないと言うのですね。上野千鶴子さんの答えは「治療の見通しのないアルコール依存症は廃人になるのみ。」(中略)「ボクにできることはこれだけなんだ、ごめんね」という天国からの夫の声が聞こえてきそうです。」と有り諦めるのが一番だと言う回答だと思いました。
 7時半に家を出て散歩に出掛けました。沼影観音堂を訪問したら先客が居て六地蔵様の写真を撮っていました。本堂の銅鑼を叩いて柏手を打っておきました。武蔵浦和の駅まで引き返して別所沼を訪れました。「花と緑の散歩道」は意外に人通りも少なく閑散としています。別所沼に着いてみたらランニングやウォーキングを楽しむ市民が大勢居ました。いつものように埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌しました。別所沼弁財天に賽銭を入れて柏手を打っておきました。内谷中学校の皆さんが集団でランニングを楽しんでいました。ブランコに乗って空中を浮遊する感覚を楽しみました。帰宅して能率手帳改めNOLTYに別所沼3000歩と書いておきました。

 午後は川越市立美術館を訪問して「たまものin川越 モネから草間彌生まで」を観賞しました。第1章は「現在(いま)へと続く現在美術」と題された作品が並んでいます。瑛九の「雲」は細かい点で出来ている抽象画で良さが全く分かりませんでした。同じ作者の「青の中の黄色い丸」は色が着いているだけ増しかなと思いました。白髪(しらが)一雄の「青波」もブルーの波が押し寄せている印象を私は持つことが出来ました。長谷川潔の二つのアネモネは二つのアネモネが花瓶に生けてあります。単純な絵画だと思いました。駒井哲郎の「束の間の幻影」と「9つの貝殻」は良く価値が分かりませんでした。元永定正の「いつついろ」は左から数えると灰色、赤、青色、黄土色の色が着いた蝸牛の格好をした物体が並んでいるだけで全く面白くも有りません。瑛九の「オペラグラス」は三人ほどの人物が並んでいるだけで表情は仮面に覆われて判別が着きません。駒井哲郎の「束の間の幻影」と「9つの貝殻」は良く価値が分かりませんでした。金昌烈(キムチャンヨル)の「水滴 J.T.83602」はスーパーリアリズムとでも言うのでしょうか。水滴がリアルに描かれています。上田薫の「シェリーにスプーンC」も同工異曲でスプーンの中にジェリーがほぼ等しく描かれていて絶句するぐらいの巧妙さです。ジュルジュ・ルオーの「横向きのピエロ」は深い宗教性を感じてしまいます。カミーユピサロの「エラニーの牛を追う娘」は日常的な風景ですが深みを感じます。クロード・モネの「ジベルニーの積みわら、夕日」も良いですねえ。夕日に照らされた積みわらが輝いている光景で美しいものだと思いました。オーギュスト・ルノワールの「三人の浴女」は裸体の女が三人居るだけで湯上がりなのでょしうか。柔らかそうな布団にくるまっています。ポール・デルヴォーの「森」は不思議な絵で森の中で一人の女が羊歯に取り囲まれています。キスリングの「リタ・ヴァン・リアの肖像」はくっきりとした輪郭を伴った絵画で、赤いマフラーを着けた女性が黒い衣服を身に着けています。赤と黒の対立が言いようの無い雰囲気を生み出していました。(写真はオーギュスト・ルノワールの「三人の浴女」です。)