3限の演劇論では「レ・ミゼラブル」に付いてお話ししました。

 11時42分の各駅停車南船橋行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたのでドミニック・ローホーさんの『屋根ひとつお茶一杯』(講談社)を読みました。その中にこんな言葉が有ります。「空間のイリュージョン、幻想をつくりだす道具の中でも欠かせないのはやはり鏡です。鏡はサイズが大きいほど効果的でしょう。映すものを2倍にするだけでなく、光も反射します。全身を映す縦長の鏡ではなく、横長の鏡が思わぬ効果を上げます。たとえば背丈の低い家具の上にその鏡を置くと、インテリアに深みが増します。」と有りました。南越谷で下車して東武スカイツリーラインに向います。12時4分の東武動物公園行きに乗り、北越谷で下車して大学には12時20分に着き構内の自動販売機で南アルプスの天然水を買っておきました。それから7階に上がると「言語研究科紀要の創刊号」と「教育研究ジャーナル」が届けられていました。多文化準備室の助手のMさんに次回の演劇論のハンドアウトの「ロミオとジュリエットの映画史」のハンドアウトと文学論の「通俗論理の周辺」のハンドアウトを印刷に回すようにお願いしておきました。3限の演劇論では「レ・ミゼラブル」に付いてお話ししました。「一片のパンを盗み十九年を徒刑囚として過ごしたジャン・バルジャンは一八一五年に出獄。一夜の宿を提供された司教館から食器を盗むが、官憲に疑われたジャンに銀の燭台をもミリエル司教の寛大な慈愛に改心を決心する。「エルナニの戦い」に付いても説明しました。「エルナニの戦い」に付いても説明しました。古典派とロマン派の戦いとなり場内は騒然となり、最終的にはロマン派が勝利を納めたと言うことをお話ししました。4限の卒業研究では村上陽一郎氏の「生命倫理試論」を輪読しました。「科学技術の急速な発展によって、職能的な科学者の倫理だけでは、取り扱えない、生命倫理のような公共的課題が生れている。このような社会全体に関わる問題では「社会的合理性」だけではなく、社会の構成員による「社会的合理性」が必要となる。」と言うことと学びました。次は野矢茂樹氏の「なぜ物は落ちるのか」を輪読しました。「科学の根本には人間が世界に対してもつ素朴な疑問が有り、世界を知りたいという人間の根源的な欲求が存在していたはずだ。世界に「なぜ」と問いかけることこそ「科学の営み」なのである。」と学びました。学生の近況を尋ねたら「4年のこの時期、なんだかもやもやします。梅雨だからかも知れませんが、刺激のないもやもやとした日々です。」「今週末は、県庁の採用試験と合唱のジョイントコンサートが、二つのビッグイベントが待ち構えています。」「土曜日には遊びました。夜は上野に行きました。北越谷に住んでいるとやっぱり東京はいいなー思います。」と有りました。