昨日は帰宅したら一枚の黒枠の葉書が着いていました。

takuzemi2013-11-08

 昨日は帰宅したら一枚の黒枠の葉書が着いていました。喪中欠礼の葉書です。大学院で大変お世話になった稲田三吉先生が今年の八月三日に八八歳で亡くなっていたのです。稲田先生は私が早稲田の博士課程の頃にルイ・アラゴンの晩年の傑作『ブランシュまたは忘却』に付いて九〇分に渡って発表することを勧めてくれたのでした。この出来事が私が研究者として人生を進めていく一つのきっかけになったことは間違いありません。先生の大学院での授業は単調なものでした。アラゴンの作品からの抜き書きを黒板にチョークで書き写して、院生たちにノートに書き写させるというものでした。でも、そうした単調な作業に耐える内にあの名著『アラゴン研究−そのリアリズム観の変遷について−』(白水社)も生まれたのだろうと思います。この本はアラゴン研究を志す者に取って不可欠の基本的な文献となっています。稲田先生は早稲田大学の定年を待たずに退職なさいました。三年前のことだったと記憶しております。それはアラゴンの『ブランシュまたは忘却』を翻訳するためだったのです。詳細な注の付いた訳文で、翻訳の苦労が読者にも伝わるような訳業でした。先生は平岡得篤頼先生のようには学会にも姿を見せませんでした。恐らく人間嫌いの一面があったのかも知れません。一度だけ稲田先生とお会いして食事をいただいた記憶があります。その時はビールも少々いただいて楽しい時間を過ごした記憶があります。その後、二〇〇〇年七月刊行の「世界文学」(九一号)に先生の訳された『ブランシュとは誰か−事実か、それとも忘却か』(柏書房)の書評を掲載させていただいたこともあります。懐かしい想い出の一つです。