いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。

takuzemi2015-08-04

 いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。「しつもん! ドラえもん」の質問は「どくしゃ編」で今日は(今中美羽さん・小6)の「お風呂場にある浴槽のことを「湯船」というよね。どうしてかな?」と有り、さっぱり分かりませんでした。新聞を開いて答えを探したら「浴槽を運ぶ船が実際にあったから」と言うもので、思いも付かない解答でした。解説には「江戸時代は大きな銭湯は町の中心部にしかなかったから、町外れにすむ人も利用できるよう、お湯をはった浴槽を積んだ船が行き来したそうだよ。」と具体的な解説が有りました。それから夏目漱石の『それから』を切り抜いてファイルに投げ込んでおきます。「津守を下りた時、日は暮れ掛かった。」(中略)「彼は例の如く宅へ帰って、一夜を安閑と、書斎の中で暮すに耐えなかったのである。」(中略)「代助は夕飯を食う考もなく、三千代のいる方角へ向って歩いて行った。」やがて話声が聞えた。何の事か善く聴き取れなかったが、声は慥に、平岡と三千代であった。話声しばらくで歇んでしまった。」(中略)「しばらくは、どこをどう歩いているか夢中であった。その間に代助の頭には今見た光景ばかりが煎り付くように躍っていた。」(中略)「家へ帰ると、門野が例の如く漫然たる顔をして、「大分遅うがしたな。御飯はもう御済みになりましたか」と聞いた。代助は飯が欲しくなかったので、要らない由を答えて、門野を追い帰すように、書斎から退ぞけた。が、二、三分立たない内に、また手を鳴らして呼び出した。「宅から使は来やしなかったかね」「いいえ」代助は「じゃ、宜しい」といったぎりであった。」と有りました。
 どんよりとした曇り空が広がっています。日中は晴れると言う予報で安心して散歩に出掛けられます。7時調度に家を出て散歩に出掛けました。先ずはプチ・パワースポットの沼影観音堂を目指します。六地蔵様を拝んでから本堂の銅鑼を叩いて合掌をしておきました。武蔵浦和の駅まで引き返して別所沼を目指します。駅前の自動販売機で冷たいお茶を買い一口飲んでそのまま散歩を続けます。別所沼に着いたらランニングやウォーキングを楽しむ市民が市民が大勢居ました。いつものように長谷川かな女の句碑「曼珠沙華あつまり丘をうかせけり」を味わってから埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌し別所沼弁財天に賽銭を入れて柏手を打っておきました。風の神エベーカトル・ケッツアルコアトルに挨拶をしておきました。ブランコに乗って空中を浮遊する感覚を楽しみました。自宅に帰る頃は青空が広がって美しい空になりました。自宅に帰って能率手帳改めNOLTYに別所沼3000歩と書いておきました。

午後は新橋に移動しました。「パナソニック汐留ミュージアムでルオーの小品を観るためです。」

 午後は新橋に移動しました。「パナソニック汐留ミュージアムでルオーの小品を観るためです。」「メイド・イン・ジャパン南部鉄器」という特別展が開催されていて、日常生活で使われる筈の南部鉄器の美しさを愉しみました。何だか鉄という素材が温かくて「ぬくとい」ものに感じられました。鉄器の温かさを感じ取った自分に驚きました。ルオーの作品が展示されている部屋はほんとにこじんまりした展示室なのですが、そこに9点ほどの小品が並んでいました。いずれもキリストとおぼしき人物が中央に描かれています。今日は館内も混雑していなくて、落ち着いて絵画を観ることができたのが幸運でした。全9点のタイトルは全て列挙する価値があるでしょう。「孤独なキリスト」「人物のいる風景」「風景」「聖書の風景」同じく「聖書の風景」「聖顔」の9点です。私が一番気に入ったのは「聖顔」でしょうか。ジョルジュ・ルオーの宗教観がこの一枚に凝縮されているように感じられました。ルオーの作品にはどの一枚にも強い宗教性が感じられることに感嘆しました。ミュージアム・ショップで絵はがきを5枚ほど買っておきました。大学時代からの友人の岩佐倫太郎君が書いた『印象派琳派がわかれば絵画が分かる』(舵社)が平積みにされていました。この本は私に取って美術館に出掛ける時に欠かさず持ち歩くレフェランスブックのような一冊となってしまいました。

午後は12時21分の快速新木場行きで移動を開始しました。

takuzemi2015-08-03

 午後は12時21分の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたのでジャン・グルエニの『孤島』(竹内書店)を読みました。その中にこんな言葉が有ります。「この世のすべてのものが普遍的に流れ去る中にあって、死というものになんの重要性もおかないばかりか、生れてくることをいとも自然であり必然であると見なし、問題はむしろ生れないようにすることが考える思想に、どのようになじめばいいのか?われわれには、死後の生存を信じるための法律が必要であり、彼らには、生の消滅を信じるための法律が必要である。パスカル--「頭上に一すくいのシャベルの土、それで永久におさらば…」。仏教者ナーガセーナ--「人間はこの地上に生れ、ここに死ぬ。ここに死んで、人間は彼方に生まれかわる、そこに死ぬ、云々」。「人間が少しも尊敬されないこと。それが必要なのだ、そうではないか?人間の最上のもち前は、自己から逃れることであってみれば…。荒々しい行為によって、つよい力によって、たくらみによって、不条理な制度、耐えがたい拘束によって、人は自己の聖なるものを自己のなかにわきださせるのだ。」と有りました。

「交流するやきもの 九谷焼きの系譜と展開」を鑑賞しました。

 午後は12時1分の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたので、ジャン・グルエニの『孤島』(竹内書店)を読みました。その中にこんな言葉が有ります。「この世界のすべてのものが普遍的に流れ去るなかにあって、死というものになんの重要性もおかないばかりか、生れてくることをいとも自然であり必然であると見なし、問題はむしろ生れないようにすることであると考える思想に、どのようにしてなじめばいいのか?われわれには、死後の生存を信じるための法律が必要であり、彼らには、生の消滅を信じるための法律が必要である。パスカル−−「頭上に一すくいの土、それで永久におさらば……」。仏教者ナーガセーナ、−−「人間はこの地上に生れ、ここに死ぬ。ここで死んで、人間は彼方に生れかわる、そしてそこに死ぬ、云々」。私の友コルネリウスは、私と彼のふたりベナレスのある通りを散歩していたとき、彼が私はついにインドを見ることができてよかったか、とたずねた。人間に無関心な土地を知ることは私には無関心であることを、彼は理解しないのであった。(いうまでもなく「コルネリウス」も「私」も想像上の人物である)と有りました。赤羽で下車して12時17分の快速大船行きで、東京に着いてJR東京駅丸の内北口改札前に急ぎます。東京ステーション・ギャラリーで「交流するやきもの九谷焼の系譜と展開」を観賞しました。先ず三階の会場に上がると古九谷「青手団扇散文鉢」が有り団扇に雲のようなものが描かれていて美しいですね。若杉窯「呉須赤絵写龍花鳥図平皿」は龍の周りに花と蝶が描かれています。吉田屋窯の「百合図平鉢」は一本の百合のが描かれていて葉の緑の色が濃く生き生きとしています。九谷庄三の「色絵花鳥図大平鉢」は五色の鳥が松の木の上に止まって周りに花が咲き乱れています。小野窯の「色絵山水図平皿」は切り立った山が見え、その下に家並みが見え、向こうに湖が見え、松も立っています。吉田屋窯の「梟に太湖石図平鉢」はパネルに寄ると、柏に梟という組み合わせは、夜に目を開けている梟の習性からの連想で、夜中も休まないで働く武士を象徴として、好んで工芸の意匠として用いられた。」と有りました。帰路は上野で下車して東京国立西洋美術館の常設展を観賞しました。ヤコボ・デル・セライオの「奉納祭壇画:聖三位一体:聖ヨハネと寄進者」ベルナルド・カッヴァリーノの「ヘラクルスとオンファレ」はヘラクルスとオンファレは天使アモールが見つめているので、これから二人が恋をする運命に有ると言うことでした。ヤーコブ・ファン・ロイスの「樫の森の道」ピエール=オーギュスト・ルノワールアルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」やカミーユピサロの「「立ち話」などを楽しんで国立西洋美術館の常設展を後にしました。

いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。

takuzemi2015-08-02

 いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。「しつもん! ドラえもん」の質問は「はなび編」で「江戸時代の花火は色が少なく地味だったんだって。カラフルになったのはいつから?」と有り「明治時代」じゃないかと思ったのですが、新聞を開いて答えを探したら答えを探したら、ぴったりと合っていました。解説には「鎖国が終わり、外国と貿易が盛んになったので、火薬に混ぜてきれいな色を出す様々な金属が輸入されるようになり、花火がカラフルになったんだ。」と有り、なかなか勉強になりました。それから鷲田清一さんの「折々のことば」目を通しておきます。今日はミシェル・フーコーの「社会は幼児教育の中に自己の夢をひそかにかくしておくが、おとなの生活には、社会の現実とそのみじめさが読みとられる」と言うもので、解説には「ひとは幼児教育のなかで自己の「黄金時代」を夢見るのだと、この思想家は言う。現下の惨めさから目をそらすべく。だが、おとなたちのその見果てた夢を押しつけられるほうはたまったものではない。子供は無垢な存在ではない。おとなと同じか、それ以上にもがき苦しんでいる。「精神疾患と心理学」(神谷美恵子訳)から。」と有りました。それから「天声人語」にざっと目を通しておきます。「終戦の日玉音放送を聞いた外国人がいる。」(中略)「その一人に名高いロベール・ギランがいた。」(中略)「あちこちで啜り泣きが起こり、隊列が乱れた。途方もなく大きな何ものかが壊れたのだ」「彼らは逃げ、自分たちの木造の家で泣くために身を隠した。村は絶対的な沈黙に支配されたのである」と有りました。
 七時調度に家を出て散歩に出掛けました。先ずはプチ・パワースポットの沼影観音堂を目指します。六地蔵様を拝んでから本堂の銅鑼を叩いて合掌をしておきました。武蔵浦和の駅まで引き返して別所沼を目指します。駅前の自動販売機で冷たいお茶を買い一口飲んでそのまま散歩を続けます。別所沼に着いたらランニングやウォーキングを楽しむ市民が市民が大勢居ました。いつものように長谷川かな女の句碑「曼珠沙華あつまり丘をうかせけり」を味わってから埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌し別所沼弁財天に賽銭を入れて柏手を打っておきました。風の神エベーカトル・ケッツアルコアトルに挨拶をしておきました。ブランコに乗って空中を浮遊する感覚を楽しみました。自宅に帰って能率手帳改めNOLTYに別所沼3000歩と書いておきました。

泉屋博古館分館で「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」を観賞しました。

 午後は12時1分の快速新木場行きで移動を開始しました。車中では幸い座席を確保できたので、ジャン・グルエニの『孤島』(竹内書店)を読みました。その中にこんな言葉が有ります。「見知らぬ町における秘密の生活について私の夢にもどろう。私は自分をありのままに名のることはないだろう。そればかりか、異邦の人に口をきかなくてはならないときは、むしろありのままよりも以下の人間であるかのように自分を名のるだろう。たとえば、実際にある国を私が知っているとすれば、その国を知らないふりをするだろう。私に親しい思想を人が得々とのべたてるとすれば、私はそれをはじめてきくような態度をとるだろう。私の社会的地位がなんであるか、人にきかれるとすれば、私は自分の地位をひきさげるだろうし、私が労務者の監督であるとすれば、私は労務者だというだろう。」有りました。新宿で下車して千葉行きに乗って飯田橋に向います。飯田橋で下車して南北線日吉に行きに乗り、六本木一丁目で下車して泉屋博古館分館で「フランス絵画の贈り物 とっておいた名画」を観賞しました。先ずは800円のチケットを買って会場に入るとアントワーヌ・ヴァロンの「風景」が有り農家の裏庭のような何気ない情景を描いたもので、屋根の上に木立ちが見えているお蔭で、画面全体が三角形の構図になり安定した落ち付いた印象を醸していました。ジャン・フランソワ・ミレーの「草原の羊」は真っ白な羊たちが草を食んでいる姿を描いたもので、パネルに寄ると農家の出身のミレーは、農村生活のさまざまな情景を叙情的なトーンで描いたが、そこには常に生活の実感が息づいていた。ギヨーム・セニャックの「ミューズ」は茨の冠を被って微笑している白衣の女性で、澄んだ顔をしています。アドルフ・モンティの「林間逍遥」は真っ暗な画面で良く見えませんでした。パネルに寄ると正装の人物が描かれているそうで、良く見ると見えてきたものでした。アンリ・ファンタン=ラトゥールの「ばら」は繊細な筆遣いでばらを描いたものでばらの美しさを良く定着していました。ジャン=ジャック・エンネル「赤いマントの女」はドラマティックな構成の中に人物を写実的に捉えていて、明暗のコントラストが顔を引き立てています。マリー・ローランサンの「婦人像」は美しい婦人の肖像で真っ赤な唇が茶色の髪に良く似合っていました。マルク・シャガールの「黄色い太陽と旅人たち」は空中に浮遊している馬がいてその傍らに旅人がいて空には黄色い太陽が照り付けています。マルク・シャガールの「山羊のいる自画像」は山羊を連れた自画像で、現実には在り得ない緑色の顔をしています。向こうには眠った人も見え、山並みが迫っていました。ベルナール・ビュフェの「花」は針金のような鋭い線描で描かれていてダリアが描かれていました。ジュルジュ・ルオーの「一家の母」は一家の子供たちを引き連れた母を描いたもので貧しい子供たちなのしょう。社会の最下層に生きる人々を描いたものだと思いました。モーリス・ド・ブラマンクの「風景」は濁った景色の向こうに高台に建つ家並みを描いたもので白い雲と赤い屋根との対立を示めしています。

いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。

takuzemi2015-08-01

 いつものように地下の貯蔵室にごみを捨ててから、ホールで新聞を取って自室に戻ります。「しつもん! ドラえもん」の質問は「はなび編」で「打ち上げ花火を見たおじさんが「玉の座りがいいね」と言ったよ。何のことかな?」と有り「調子が良いことだ」と思ったのですが、新聞を開いて答えを探したら答えを探したら「花火が開くタイミング」と有り、大筋では間違ってはいませんでした。解説には「光の粒がきれいに丸く広がるように、打ち上げた玉はのぼりきった瞬間に開くように工夫してあるんだ。うまくいけば「座りがいい」ということだね。」と分かりやすく解説されていました。それから「悩みのるつぼ」に目を通しておきます。今日の回答者は社会学者の上野千鶴子さんで、相談者は21歳の大学生で「取りえのない私の就活は?」と言うもので、「私は就職活動の真っただ中の21歳の文系女子です。」(中略)「就活が解禁されてからしばらくして、いろいろな企業説明会に参加してみると、どの人事部の方も「リーダーシップを発揮できる人材」、「グローバルな人材」を求めていると口をそれえておっしゃいます。」(中略)「言わば「人格」という、どうあがいても対処できない壁が存在するように感じてしまうのです。これからの就活に対する意識を変え、前向きに取り組めるよう甘い考えを持つ私に活を入れて下さい。」と有り、上野さんの回答は「つまるところ、あなたは「アナ雪」のように「♪ありのままで」就活に臨めばいいのです。」(中略)「求められる人材」をあれこれ心配するよりも、あなたが仕事に何を求めるのかを、まず点検してみる必要がありそうです。」と有り、「♪ありのままで」行けと言うアドバイスでした。
 6時50分に家を出て散歩に出掛けました。先ずはプチ・パワースポットの沼影観音堂を目指します。六地蔵様を拝んでから本堂の銅鑼を叩いて合掌をしておきました。武蔵浦和の駅まで引き返して別所沼を目指します。駅前の自動販売機で冷たいお茶を買い一口飲んでそのまま散歩を続けます。別所沼に着いたらランニングやウォーキングを楽しむ市民が市民が大勢居ました。いつものように長谷川かな女の句碑「曼珠沙華あつまり丘をうかせけり」を味わってから埼玉県原爆死没者慰霊の碑に合掌し別所沼弁財天に賽銭を入れて柏手を打っておきました。風の神エベーカトル・ケッツアルコアトルに挨拶をしておきました。ブランコに乗って空中を浮遊する感覚を楽しみました。自宅に帰って能率手帳改めNOLTYに別所沼3000歩と書いておきました。